今日はとてもお世話になったおじさんの火葬に出席するために、母親を乗せて陸前高田まで行ってきました。
私が高田に住んでいた時に隣に住んでいた方で、年代が近い子供達もいて、私の父親が単身赴任で母親も働いていた関係もあって、おじさんやおばんさんには本当にお世話になりました。
高田に幾たびに、とにかく必ず顔を出すように言われて、とても親しいお付き合いをさせて頂いておりました。
私も40歳になったことを考えれば確かにそれだけの年月が経っているのですが、本当に残念でなりません。
母親と共に話しを聞いていたのですが、震災後の狭い仮設住宅での生活も負担になったのかもしれません。動く機会が減っていくことは、体にとっても良くないことなのかと考えさせられました。
親類の方々の話の中でも、震災の時の九死に一生を得た話しや、現在の小学校にその時の教訓が生かされている話なども聞きました。
また、同級生の花屋さんに今回の生花を頼んだのですが、消防をやっていた彼が、自分が助かったことに自責の念を未だに抱いていることに対しても、ただ慰める言葉しかありませんでした。
震災から一年以上経ってはいますが、被災された方々にとっては、その時の状況が未だに鮮明に思い出されるのだと、改めて強く感じた一日でもありました。
コメント