最近、大学受験におけるインターネットを利用した不正の問題が取り上げられています。
大学に入ることが人生の目的になってしまっているのでしょうか。
例え不正をして大学に入ったとしても、大学のレベルについていけずに挫折をしたり、本当の実力が試される場が訪れれば、いつかボロが出てしまいます。
そして大学で何かをしたいという目的が無ければ、自由になる時間が多い学生生活の中で、無意味に時を過ごす結果になってしまいます。
確かに京都大学という大学のステータスに魅力を感じるのかもしれませんが、京都大学に入学した人がその時点で大きく評価されている訳ではなくて、京都大学を卒業した素晴らしい先輩達が社会に多いからこそ、より大きく評価されているのだと思います。
勉強ができることや頭が良いことも大きな一つの能力ですが、人間性が良い、人一番努力ができる、体が健康、手先が器用とか、全てがその人らしい素晴らしい能力です。
どれか一つの能力に固執しすぎるのではなく、自分らしい様々な能力を磨きながら、社会の役に立つ人生を歩んでいくことが大切ではないかと考えます。
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